杉原千畝記念館

杉原千畝記念館・全景

展示室

再現されたカウナスの領事館執務室(決断の部屋)

記念のモニュメント

昨日の結婚式の帰りに、岐阜県加茂郡八百津町にある「杉原千畝記念館」を訪問してきました。杉原千畝(すぎはらちうね)は1900年に八百津町に生まれ、外務省に入省し、40歳のとき(第2次世界大戦中)リトアニアの領事館として、カウナスで領事代理として執務をすることになります。

そのころヒトラーのユダヤ人迫害が始まり、ポーランドからドイツの迫害を逃れて大勢のユダヤ人たちが杉原領事のものとにビザの発給を求めて押し寄せてきました。彼らには、ソ連から日本を通り出国するしか逃げ道が残されていなかったのです。

しかし日本政府はドイツと同盟関係にあり、ビザの発給を認めません。祖国からの命令に従うか、人道愛に生きるか、杉原千畝は悩みついに決断したのです。彼らを助けようと。そして2139枚の命のビザを書き、6000人のユダヤ人を救ったのです。

この行為により終戦後、杉原千畝は外務省を退職させられ、1986年に鎌倉で死去します。しかしそうした中で1969年にイスラエル政府から勲章を授与された後、1985年には同国政府より日本人として初めてヤド・バシェム賞を受賞し、「諸国民の中の正義の人」に列せられます。

現在でもエルサレムの丘にそのときの顕彰碑が建っています。そして平成に入り杉原に助けられたユダヤ人たちの働きにより、外務省も杉原の行為の正当性を評価するようになります。もしも今、私たちが同じ立場に立たされたらどのような決断をするでしょうか?

ご興味のある方は一度ご見学ください。東海北陸自動車道・美濃加茂ICより約30分くらいの山の中です。

http://www.town.yaotsu.lg.jp/sugiharatiune/index.html